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高松高等裁判所 昭和60年(う)127号 判決

被告人 坂田正祐

昭三〇・一二・六生 無職

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年四月に処する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人本井吉雄作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官篠原一幸作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  理由不備の主張について(控訴趣意第一点)

所論は、原判決は、原判示第一の事実につき、被告人が血液一ミリリツトルにつき〇・九ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で普通乗用自動車を運転した旨認定し、その証拠として、警察技術吏員神原敬三作成の鑑定書を挙示しているが、右鑑定書の鑑定経過欄には「鑑定資料は試験管入り一部凝固新鮮血液約五ミリリツトルである。」と記載されているのみで、鑑定資料が被告人の身体から採血した血液かどうかに関しては全く記載されておらず、従つて、右鑑定書のみでは被告人の血液が鑑定されたかどうかは立証しえず、更に、原判決挙示の証人森岡英二、同花木正嘉の原審各証言によつても、右鑑定資料となつている「血液五cc」が何人の血液であるか立証されていないのであり、原判決挙示の証拠によつては原判示第一の事実を認定することはできないから、理由不備の違法がある、というのである。

そこで検討するに、原判決挙示の証人森岡英二、同花木正嘉の原審各証言によれば、本件当日午後八時二〇分ころ、花木正嘉(以下単に「花木」と略称する。)の依頼により医師森岡英二(以下単に「森岡」と略称する。)は看護婦福田文子(以下単に「福田」と略称する。)に対し、被告人から採血し、これを花木に渡すように指示し、これに基づき、福田は被告人から約五ccの血液を採取し、自らかもしくは森岡の手を通したかは判然としないものの、余人の血液と混同される状態もなく直ちにこれは花木に渡されたこと、原判決挙示の鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)によれば、右血液は、花木の所属する牟岐警察署長新見和男から徳島県警察本部刑事部鑑識課に被疑者坂田正祐の血液として鑑定嘱託がなされ(同鑑定書写真1参照)、右は同課技術吏員神原敬三により鑑定され、一ミリリツトル中〇・九ミリグラムのアルコール分が含有されていることが確認されていることが認められ、これら原判決挙示の証拠によれば、原判示第一の被告人の血中アルコール濃度を含む酒気帯び事実を認めるに十分である。論旨は理由がない。

二  訴訟手続きの法令違反、ひいて事実誤認の主張について(控訴趣意第二点)

所論は、原判決は、原判示第一の事実につき、被告人が、血液一ミリリツトルにつき〇・九ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で普通乗用自動車を運転していた旨認定し、その証拠として本件鑑定書を挙示しているが、右鑑定に使用された血液が被告人の血液であるか疑わしく、また森岡の指示を受けた看護婦において被告人から血液を採取したとしても、その採血の部位、方法、及びこれが花木に渡された際の状況が判然としないばかりか、右採血は、令状に基づくことなく、あたかも、医療検査用血液の採取を装い、アルコール濃度検査のために採血されたもので、右採血は違法であり、これを鑑定の資料とした右鑑定書には証拠能力がなく、原判決挙示の証拠のうちから、本件鑑定書を除けば、前記認定はできないのであつて、従つて、本件鑑定書を証拠として採用した原判決は、訴訟手続きの法令違反を冒し、ひいては無罪となるべき事実を有罪と認定したもので、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討するのに、原判決挙示の証拠及び当審において取調べた証拠を総合すると、おおよそ次のような事実が認められる。

1  被告人は、昭和五九年八月二九日午前二時ころまで飲酒して就寝し、同日午前一〇時ころ起床し、朝食をしないまま、同日午後〇時ころ、友人等と共に昼食をとりに焼肉店に入り、同所で〇・四リツトル入り中ジヨツキー二杯余のビールを、更に同日午後三時過ぎころ喫茶店において、ビールをコツプに二杯位それぞれ飲酒した後、自動車を運転中、同日午後四時二〇分ころ、原判示第一の場所(同所は太平洋岸に面した高知県と徳島県の県境であり、徳島県の牟岐警察署まで直線距離にして約一七キロメートル、車で約二〇分、同署から、直近の裁判所である阿南簡易裁判所まで約五〇キロメートル、車で約一時間)において、原判決認定の高速運転と運転操作の誤りにより、自車を対向車線に逸走させ、折から対向してきた山口ミヤ子運転の軽四輪貨物自動車に激突させ、同女及び自車に同乗していた浅井美也子にひん死の重症(同女らは同日午後五時及び同六時ころ死亡)を負わせる等の交通事故を惹起したうえ、自らも胸部、腹部打撲(全治約一週間)、左足膝部側副靱帯損傷(全治約三週間)の傷害を負い、右浅井、山口と共に次々と事故現場近くに所在する原判示の海南病院(以下単に「病院」という。)に運び込まれた。

2  被告人は、病院の外科医である明石勝禎の診察を受け、入院を指示され、そのためルーチン検査用の血液約一〇ccを採決された後、一階内科室の診察台で点滴を受けていた。

3  徳島県牟岐警察署勤務の警察官花木は、右同日午後六時二〇分ころ、病院に急行したところ、被告人は大きな傷や出血もなく、半そでシヤツや短パン、素足姿で仰むけになり、左手に点滴を受けながら、かなり興奮した状態でいるのを認め、近付いて事故内容を質問すると、被告人はますます興奮したが、その時、被告人にアルコールの臭いがし、両目の付近がわずかに赤みを帯び、目が充血しているのを発見し、同日午後六時四〇分ころ、酒酔、酒気帯びの鑑識を試みた。花木の質問に対し、被告人は職業につき「サンビヤク」(警察官を意味する暗号略語)、飲んだ酒につき「ビール」、その日時につき「昼」と答えたものの、すまんすまんと泣き叫ぶなど極度の興奮状態に陥り、十分な鑑識ができなかつた。これらの事情から、花木は呼気検査の必要があると考え、本署(牟岐警察署)に呼気検査器を病院に届けてくれるよう連絡したが、その後、早くしなければと考え、病院を出て検査器を捜し、大里駐在所でこれを借りて、同日午後七時ころ病院に帰つてみると、病院長内科医師森岡に鎮静剤アタラツクスp一アンプルを注射された被告人が、診察台に乗せられたまま、二階の入院室に運ばれている途中であつた。そこで花木は、これに従いて病室に入り、同所において被告人に対し、呼気検査を試み、検知管を被告人の口に咥えさせ、体を揺さぶるなどしながら、被告人に吹いてみよと言つたが、被告人に吹く気配はなく、看護婦から鎮静剤を打たれて眠つているといわれ、その検査を中止した。

4  花木は、本署に帰るという警察官に対し、本署に帰つて、呼気検査ができない旨報告し、その結果を自分の方へ至急に連絡するよう依頼した後、同日午後八時二〇分ころまで前記浅井らの検視の手伝いをしていたが、本署からの連絡がなかつたため、病院手術室において、森岡に対し、「坂田の血液を少し下さい」といつた言葉で被告人の血液を貰いたい旨申し入れたところ、従来より警察の捜査に協力的で、アルコール濃度の検査のために被疑者から何度か採血して警察官に渡した経験のある森岡は、花木が血液をアルコール濃度検知のための捜査用に使用することを認識しながら、付近にいた看護婦福田に対し、「血液を採つてあげて下さい」といつた言葉で被告人から採血して花木に渡すよう指示した。

5  森岡と花木の会話の内容を大体了知していた福田は、森岡の指示に基づき、これまで警察の捜査用血液を採取した経験から、三ないし五ccを採決しようと考え、容量五ccの注射器を持ち、被告人の居る病室に赴いたところ、被告人は左手に点滴を受けており、被告人の友人一名がベツドの横で付き添つていた。福田は単に採血しますと言つたのみで、被告人の右手から消毒するなど通常の採血方法に従い、約五ccの血液を採取し、直ちに試験管に移し変え、一階において森岡にこれを示した後、花木にこれを手交した。右採血の際、鎮静剤の効用により被告人には明確な意識はなく、被告人及び付添人において、これを拒否し、あるいはこれを承諾する如き気配は全く示さなかつた。

6  その後花木は右血液を病院において本署に帰るという山本警部補に渡し、同日午後九時ころ、院長室に森岡を訪ね森岡に対し、品名欄に「坂田正祐の医療検査用血液」、数量欄に「約五cc」、提出者処分意見欄に「用済後は警察で処分してください。」と自らが記入した任意提出書を差し出し、森岡にその余の部分の記入を求め、これを作成して貰い、翌三〇日任意提出書に対応する内容の領置調書を作成したが、右血液は同三〇日牟岐警察署長新見和男からアルコール含有量の鑑定のための鑑定嘱託がなされ、警察技術吏員神原敬三により鑑定がなされた結果、同血液一ミリリツトルにつき〇・九ミリグラムのアルコールが含有されていることが判明した。

7  本件鑑定書は、検察官により、原審第一回公判期日において取調べ請求がなされたが、弁護人の不同意意見により、検察官は再び同第三回公判期日において、刑訴法三二一条四項書面として取調べ請求をなし、同第四回公判期日において採用取調べがなされた。

右事実に関し、花木は、原審及び当審において、自分はかつて、医師から血を拭いたガーゼ等を貰い、これを絞つて血液を採取した経験があつたので、森岡に対し、被告人に呼気検査ができないので、血を拭いたガーゼか医療検査用の血液があつたら貰いたい旨依頼したところ、やがて森岡自身から約五ccの血液を手交されたので、誰れが被告人からいつ採血したか確認すると、そばにいた福田という看護婦が午後七時五〇分ころ被告人から採血した旨答えたので、右血液は、既に採取されていた医療検査用血液の一部と思つた。旨証言する。

しかしながら、既に判示するとおり、花木自身病院に急行したおり、被告人が出血するなどの大きな傷を受けていないのを目撃していること、ルーチン検査用の血液は、被告人が病院に運び込まれた際、主治医たる外科医によつて約一〇cc採血され、既に検査に使用されていること、福田において採血した五ccの血液は、その全量が直ちに花木に渡されていることなどの客観的事実に照らすと右証言はにわかに信用できない。却つて、森岡は原審及び当審において、少なくとも花木から血を拭いたガーゼをくれと言われたことはないと明言し、当審証言においては、花木から医療検査用血液の残りをくれと言われたことはない、と証言していることや、花木から依頼を受けた森岡は、その場で直ちに福田に採血を指示し、これを受けた福田において時を経ずして被告人から採血のうえ、これを花木に渡していること、任意提出書の品目欄に医療検査用血液と記載したのが花木であることを合わせ考えると、花木の依頼は「坂田の血液を少し下さい」といつた簡単な表現でなされており、その真意を確定し難いけれども、少くとも花木から依頼を受けた森岡は、これをアルコール濃度検知用の血液を被告人から採取して提供して貰いたいとの意味に了解し、福田に採血を指示し、福田において被告人の身体から五ccの血液を採血し、これを花木に渡したこと、福田から血液を渡された花木は右事情をうすうす了知のうえ、これを受領したものの、右血液の性質につき十分吟味することなく、森岡から、病院が医療検査用に採取保有する坂田の血液の任意提出を受ける手続で足りると考え、任意提出書の品目欄に、「坂田正祐の医療検査用血液」と記載し、森岡の署名押印を求め、森岡においても右記載文言の意味につき深く顧慮することなく、そのままこれを応諾し、その旨の任意提出書を作成提出したものと推認されるのである。そして、右判断は、検察官において森岡の原審及び当審における証言の信用性を争うために提出、採用された同人の司法巡査及び検察官に対する各供述調書によつては、これを動揺させることができない。

右事実関係によれば、本件鑑定に使用された血液の採取の方法、経過及び鑑定に供された状況は明らかであり、本件鑑定に使用された血液が、被告人の血液であつたことに疑念を入れる余地はないから、この点に関する主張は採用できない。

そこで問題は、本件鑑定書の証拠能力如何であるが、わずかの量の採血は、医師または医師の監督下にある看護婦によつて医学的に相当な方法で実施されるときは、強制採尿に比して、被採血者に対する身体の侵害の程度は軽微であり、その苦痛や危険もそれ程大きいものとは言い難いものの、自己の身体につき理由もなく侵害されることがないことは、憲法三五条で保障されるところであるから、被採取者の同意のない限り、身体検査令状または鑑定処分許可状のいずれか、またはその双方を要するかはともかく、右令状のない強制採血は原則として違法というべきで、その違法の程度が、令状主義の精神を没却する如き重大なものであり、採血した血液の鑑定書を証拠として許容することが将来における違法な捜査を抑制する見地から相当でないと認められるときは、右鑑定書の証拠能力は否定されるというべきである。

これを本件についてみると、被告人からの本件採血は捜査活動の一端と理解できるのに令状に基づくことなく、更に、福田は、森岡から鎮静剤を注射され、明確な意識状態になかつた被告人に対し、単に採血しますと言つたのみで採血したものであり、右採血につき被告人及び付添人において明らかに拒否の態度を示さなかつたとしても、これが同意を得たものとはとうてい認め難いところであり、右採血は違法と評価せざるを得ない。

そこで、右違法性の程度につき検討すると、本件は二名の死者を生じた重大な交通事犯であること、被告人に酒気帯び運転の嫌疑がかなり濃厚であり、アルコール保有濃度の科学的測定、そのための血液入手の必要性が高かつたこと、被告人が搬入された病院は、徳島県と高知県の県境に近く、花木が被告人の血液を入手した時点から考えても、令状が発布され、これに基づき採血されるまでにはなお数時間を要するものと判断される一方、被告人が飲酒した時からは相当の時間が経過し、右経過に従つて被告人の血中アルコール濃度は低下していることを合わせ考えると、本件の採血は客観的に強い緊急性が認められること、本件採血は、医師の監督下にある看護婦により、医学的に相当な方法で行なわれ、その採血量も約五ccであり、人体に有害な影響を与えるものとは認め難く、他に物理的強制が加えられたものではないこと、花木は、被告人に飲酒の徴候を発見した後、酒酔、酒気帯びの鑑識を試みたが、事故後の被告人の異常な興奮状態により継続不能となり、更に呼気検査を試みたが、今度は鎮静剤の影響により、これも不能になるや、その旨を本署に連絡するなどの努力をなしており、いきなり血液の採取に関心を寄せたものでないこと、花木は、その後は本件採血に至るまでの経過において、本署に対し報告結果について指示を求めたり、被告人に打たれた鎮静剤の効力につき医師に意見を求め、あるいは被告人の精神状態を確認して採血に同意を求めようとするなどの努力をしていないけれども、右鎮静剤の使用により被告人の興奮状態は収まつたばかりか、眠つたような状態になり、呼気検査も不能となつたうえ、当審において、被告人は、本件約五ccの血液の採取について、採取行為自体はもとより、その前後の状況について覚えていない旨供述し当時なお意識もうろう状態にあつたと窺えるから、かような状態の被告人に対して、捜査用血液の採血について同意を求める努力をしても、徒労に終つている可能性も大きいこと、以上の実質面、手続面の諸要素を比較考量すると、本件採血行為は捜査活動の一環と認められるにせよ、その違法性は低いと考えられる。

もつとも、花木は、本件血液の押収手続を完結するに際し、病院側においてアルコール濃度検知用の血液として被告人からの採血をすすめたことをうすうす了知しながら、病院側から手交された被告人の血液の法的性格について十分吟味することなく病院長から任意提出書を徴してこれを領置したものであつて、右血液の法的性格如何は令状の要否を決定づけるものであるから、この点の手続違背を看過する訳にはいかないけれども、右は花木が右血液の法的性格について思い至らなかつたため、押収の完結手続を誤まつたものと理解され、同人が右押収当時において、病院長を利用して捜査用血液を採血させて入手しておきながら、これを医療検査用血液と装うとの意図を有していたとは認め難い。

そこで右の諸点を総合勘案するに、本件採血及び入手の経過につき、前示認定にみられるような花木の安易な態度は責められるべきであるが、採血行為自体については、既に判示の如き、客観的な必要性、緊急性、相当性等が認められるので、その違法性は低く、押収手続き完結の過程における違法という面を加味しても、本件採血手続きの違法性が令状主義の精神を没却するほどに重大であつたとまでは言えず、結局右血液を鑑定資料とした本件鑑定書の証拠能力を否定するのは相当でないというべきである。

そして、本件鑑定書を含む原判決挙示の証拠によれば、原判示第一の事実は優に認定できるところであり、論旨は理由がない。

三  量刑不当の主張について(控訴趣意第三点)

所論は、被告人を懲役一年六月の実刑に処した原判決は、被告人に有利な諸般の情状にかんがみると重きに失して不当である、というのである。

そこで、記録及び当審における事実取調べの結果により検討するのに、本件は、被告人が普通乗用自動車を運転し、五〇キロメートル毎時の速度で進行中、S字型カーブに差しかかつたところ、当時降雨のため路面が濡れ、滑りやすくなつていたにもかかわらず、八〇キロメートル毎時に加速して進行し、かつセンターラインを見誤り、自車が走行車線の左側を進行しているのに気付き、慌てて右にハンドルを切るとともに制動措置を講じた過失により、自車を道路右側部分に逸走させ、折から対面進行してきた山口ミヤ子(当三二年)運転の軽四輪貨物自動車に自車を衝突させて、右山口車を後方に押し戻し、右山口車の後方を進行していた小山誠(当一三年)運転の自転車に衝突させて同人をはね飛ばし、よつて、右山口ミヤ子に右血胸、鼻根前頭骨陥没骨折等の、自車に同乗中の浅井美也子(当二六年)に左血胸、左肺損傷等の傷害を負わせ、同日午後五時ないし午後六時ころ、それぞれ死亡するに至らせ、更に右小山誠に対し、加療約一週間を要する左手背挫創の傷害を負わせ(原判示第二)、右運転の際、酒気を帯び、血液一ミリリツトルにつき〇・九ミリグラムのアルコールを身体に保有していた(原判示第一)というもので、事案それ自体からして、既に重大、悪質というべきところ、被告人は現職警察官という身分を保有しながら、酒気帯び運転をなし、しかも一方的で重大な過失により、本件事故を惹起し、二名の女性が生命を失なつた結果は重大で、その遺族等に与えた影響は大きいばかりか、警察官の信用をも失墜させ、その社会に与えた影響も大きく、その刑責は重いというべきである。従つて、自車の同乗者浅井美也子がいわゆる好意同乗者であつたこと、被告人は既に本件事故直後懲戒免職処分を受けるなど社会的制裁も受けていること、右浅井の遺族との間において、被告人が三五〇〇万円を支払つて示談したほか、被害者山口ミヤ子の母坂本喜代美に五〇万円の見舞い金を支払い、更に、被害者小山誠との間や、右山口運転車両の所有者の間にも示談が成立しているうえ、本件事故に際し、救助等手伝つて貰つた人にもそれなりにお礼をしていることなど、被告人に有利な事情をできる限り考慮しても、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑は、その時点においてみる限り、決して理解できない訳ではない。

しかしながら、被告人に有利な右情状に加え、被告人は当審において、被害者山口ミヤ子の三名の遺児に対し、合計四〇五六万円余を支払つて円満に示談したほか、更に、交通遺児の救済のために、社会福祉法人善意銀行に合計六〇万円を預託するなど、本件に対する反省の態度は極めて顕著であり、再犯の可能性も少ないと認められるから、このような原判決後の情状に鑑みると、原判決の量刑は刑期の点において少しく重きに失することになつて相当でなく、当審において、これを若干軽減すべきものと思料される。

よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。原判決が認定した事実に、原判決と同一の罰条(科刑上一罪、刑種の選択、併合罪処理に関する法条を含む。)を適用するほか、原審及び当審における訴訟費用を被告人に負担させることにつき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野博雄 藤田清臣 溝淵勝)

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